月アカリ

 未来を目指すのも、過去を見据えるのも、どちらも大切なことだと思うから。

『……過去など、とうに捨てた。私は、今十勇士の才蔵……』
 何故あの時、彼はあんなに辛そうな顔をしていたのだろう。今十勇士の幻術使い……そしてこの横浜で出会った、今は亡き政吉の甥――才蔵。たった一人の肉親を殺してまで、彼は一体何を望むというのか。
「……私には、わからないよ」
 真夜中に一人宿屋を抜け出した輝は、夜空を見上げながらそう呟いた。遠くで静かに輝く月が、自分と黒い甲板を照らす。ここは、政吉という主を亡くした船の上。
「悲しいよ……あまりにも」
「ええ、そうですね」
「……ッ!?」
 返されるはずのない独り言に、どこか聞き覚えのある声が返ってきた。咄嗟に振り返ると、そこには自分と同じく月明かりに照らされた才蔵がいた。突然過ぎて、身構えることすら忘れる。
「さ、……才蔵、さん……?」
 無意識に出てしまった言葉に、驚いたのは才蔵の方だった。
「……敵に敬称をつけるとは、変わった人だ」
 しかしすぐに「クスクス」と、可笑しそうに笑い出す。その様子を見て、輝はただでさえなかった警戒心が余計になくなってしまった。今目の前にいるのは、間違いなく昨日戦ったばかりの今十勇士だというのに。
「心配しないで下さい。危害を加えるつもりはありません」
 今だけはね。と、どこか悪戯っぽく付け加える才蔵。なんとなく、この人の年齢が気になった。
「なぜ……あなたがここに?」
 警戒心はなくとも、さすがに緊張は解けないまま、輝は尋ねる。すると才蔵は一瞬目を細め、輝がそうしていたように空を仰いだ。
「……さあ、何故でしょうね」
 その言葉を聞いてから、輝も再び空を見る。
「わからない、ですか」
「はい」
「……悲しいですね」
「……はい。あまりにも」
 この時の彼の姿がとてもキレイに見えて、輝は少しの間見惚れてしまった。月の光と真っ黒な闇が、同時に彼を包んでいたから。キレイで、悲しくて、今にも消えてしまいそうに見えたのだ。

   ◆◆◆  ◆◆◆

「私の……幻獣が………」
 疲れ切った様子の才蔵が、片膝をつく。
「才蔵、さん……」
 彼にしか聞こえないように、輝は小さく呼びかけた。返事など期待していない。ただ、自分が話したくて。このまま消えてほしくなくて。
「……なぜ……」
 何故あなたは、そんなに……。
「……さあ……何故、でしょうね……」
 ハッとして顔を上げれば、才蔵は微笑んでいた。本当に、わずかに。ほんの少しだけ。
「真田様……申しわけ……ありま……」
 全てを言い切れずに、その声は消えてしまった。
「……ッ」
 倒したのは、間違いなく自分のはずなのに。
「なんで……」

 月明かりに照らされたあなたの姿が、消えない。

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