笑顔

 この国は、広いようで意外と狭いのかもしれない。放浪に近い旅で、まさか知り合いに……しかも以前ただ一度会った限りの人間に再会することになろうとは。
「宗次郎さん……ですね。俺は聖です」
「改めてよろしく、聖君」
 宗次郎はニコッと微笑む。つられて聖も笑顔になった。
 すると宗次郎が「一緒にどうですか?」と、いつぞや聞いた台詞を再び言ってくれた。懐かしさと嬉しさが湧いてきて、自然と笑みが深まる。聖はそれじゃあお言葉に甘えて……と、宗次郎の隣に腰をおろした。
「宗次郎さんはずっと旅をしてるんですか?」
「そうですねぇ……考えたら結構長いかもしれません。聖君は?」
「俺は最近ですよ。前に宗次郎さんと会った時は、旅とはちょっと違いましたし……」
 聖の言葉に宗次郎は小首をかしげる。おそらく以前の時から聖が旅をしていると思っていたのだろう。旅……と、言えなくはないかもしれないが。
 聖が言い兼ねていると、宗次郎は興味を持ったのか尋ねてきた。
「訳ありですか?」
 その問いに対しても、聖は苦笑気味に「う~ん」と唸る。
「……そんなものかな。それにあの時は剣心さん達が……えと、お世話になった人達が一緒にいたんです」
 一人旅ではなかった。ということを伝えたかっただけなのだが、宗次郎は驚いたように目を見開く。
「……剣心、さん?」
「あ、はい。ちょっと色々あって、助けてくれた人なんですけど……」
 そこまで言うと宗次郎は今度は考える素振りを見せた。そんな自分を聖が不思議そうに眺めているのに気付いたのか、慌てたように「あはは」と誤魔化す。
「すみません。知り合いに同じ名前の人がいたもので」
「い、いえっ……あの、その知り合いというのは……」
 憶測と確信が入り混じった。聖だけでなく、それはおそらく宗次郎も。
「……もしかしてなんですけど」
「……はい」
「剣心さんって、緋村さんですか?」
 偶然とは、巡り会わせとはこのことか。宗次郎の様子から幾分か予想できていたものの、やはり驚きの方が勝っていた。
「っはい! 緋村剣心さんです!」
 思わず、身を乗り出すような形で聖が声を張る。しかし宗次郎も気にした様子はなく、むしろどこか喜ばしげな表情がうかがえた。
「これは驚いたなぁ……まさかとは思ったけど」
 と、ちょうどその時茶屋の店員が聖の分の団子を持ってきた。聖はハッとなって宗次郎を見るが、彼はにこやかに笑って、
「これも何かの縁ですし、せっかくだから奢りますよ」
 僕が勝手に頼んだものだから食べて下さい、とまで言われては断る方が申し訳ない。遠慮しながらも「いただきます」と言って、聖はそれに手をつけた。
「……あの時緋村さんも一緒だったってことは、やっぱり何かあったんですか?」
「え?」
「いえ……ただ緋村さんって、いつでも厄介事に関わってそうな気がして」
 捉えようによっては酷い言い方だが、同意せずにはいられない。わずかな期間であったとはいえ、一緒に過ごした中で少なからずわかったことでもある。あの人は、頼まれたら断れない性分というより、むしろ自ら苦しむ人々を助ける人間。それは飛天御剣流の理と、おそらく彼自身の性格から。
「あはは、当たりですよ。まあ俺が原因だったとも言えるんですけどね」
「聖君が?」
 ええ……と返しながら、少し間を置くように聖は団子を一つ頬張る。その様子から続きを話すつもりなのだろうと、宗次郎もお茶を飲みながら静かにそれを待った。剣心のこともそうだが、宗次郎は聖に興味を持っていた。服装もさることながら、このご時世帯刀をしている少年。何より、その澄んだ瞳が何を語るのか気になったのだ。
「少し、長くなりますよ?」
 頷く宗次郎を見てから、聖はゆっくり話し出す。実際はちょっと前の話なのだが、思い出していくうちにもう随分と昔のことのように感じた。
 ――剣心に助けられたこと。神谷道場に居候したこと。今十勇士との戦い。自分の記憶について。現在旅をしている目的。
 人に話すのは初めてだったのでどう言えばいいのか迷ったりしたが、聖は自分なりに掻い摘んで一通り話し終えた。喋り通しで喉の渇きを覚え、出されたお茶を一口飲む。
「だいたいこんな感じです。宗次郎さんと会ったのは、十勇士達を追っていた時のことでした」
「……なるほど。訳ありでしたね、とても大きな」

 日本を……明治政府を揺るがすような大きな事件。宗次郎には似たような、そして全く違うとも言える事件に身に覚えがあった。もっとも十勇士達は、まだまだ早いうちに止められてしまったようだが。
(相変わらずだな。緋村さんは……)
 それとも聖のおかげだろうか? と考える。剣心とはまた違う、まっすぐな瞳を持った少年。お人好しなのは間違いないように思える。怒りや憎しみとは無縁そうに見えて、それでいて誰より理解していそうな……。
「……見つかるといいですね、妹さん」
自然と出てきた言葉は、厭味でも皮肉でもなく。
「! ……はいっ」

 聖は嬉しくなって、はにかむように頷いた。それからわずかの間を置いて、気になったことを何気なく尋ねる
「宗次郎さんは、剣心さんといつ……?」
「え?」
 聞き返されたことで、いけない質問だったかと聖は慌てて両手をブンブンと振る。
「す、すみません。言いたくなかったら別に……」
「あ、いえ。大丈夫ですよ。……たまには昔話も悪くないかもしれませんね」
 まあ昔っていうほど昔でもないんですけど、なんて笑う宗次郎の顔が一瞬寂しそうに見えたのは、気のせいじゃないと思う。どうしても、罪悪感が拭えなかった。

 ――志々雄真実。

 その人物の説明から始まった宗次郎の話に、自然と気を引き締められる。感情の欠落。弱肉強食の世界。想像する心境はあくまで想像でしかなかった。それでも……、
「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」
「……」
 死んでいった兄や仲間達。死んでいった神爪の里。どうして……――? 理由を考えれば考えるほど、悲しい……あまりに悲しすぎるこの気持ち。この気持ちは想像じゃない。
「僕はずっと、それこそが真実だと思って戦っていました。でも……」
「……剣心さん?」
「ええ。緋村さんに負けた時言われたんです」

『一度や二度の闘いで真実の答えが出るくらいなら、誰も生き方を間違ったりはせん』

「厳しい人です、緋村さんは」
「……そういう人ですよ、剣心さんは」
 顔を見合せて、二人は同時に「ふっ」と笑った。
「見つかるといいですね、自分の答え」
「アハハ……はい、そうですね」
 思えば、彼に会ってから笑ってばかりだと思う。少しも窮屈に感じていないのは、その笑顔に嘘がないということだろう。
 穏やかに流れる風が、とても心地良かった。

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